そんな思いで、「何で私に無断で八千代さんに話しちゃったんですかっ」と頼綱《よりつな》に詰め寄ったら、「まずいことなんて何ひとつないと思うけど?」とキョトンとされた。
まずいと言うより、私の気持ちの整理の問題なのに!と思うこちらの心情なんて知らぬげに、澄ました顔で頼綱が続ける。 「八千代さんは俺にとっては母親みたいな存在の人だからね。真っ先に伝えたいと思うのは至極当然だと思わないか?」 だからって昨夜の今朝で、私に何の断りもなく話しちゃうとか……。どう考えても反則だと思うの! 何だか知らないうちに、どんどん外堀を埋められていくようでちょっぴり怖い。 もちろん、私だって昨夜頼綱からの申し出を受け入れた気持ちに嘘はない。 だけど……全く不安がないかと言われたらそうじゃないから。 もう少しゆっくり進んでいきたかったのに。 頼綱は何をそんなに焦っているの? あれこれ抗議したかったのだけれど、八千代さんがとても嬉しそうににっこりなさって、 「私《わたくし》、花々里《かがり》さんのことを若奥様と正式にお呼び出来る日を、〝随分と長いこと〟楽しみにしていたのでございますよ?」 言うなりお弁当を手にしたままの手ごと、私の手をギュッと力強く握り締めていらした。 何だかここまで喜ばれていると知っては、さすがに何も言えないよぅ。 それにしても、「随分と長いこと」って。 私、まだ頼綱に出会ってそんなに日数経ってないのに、いくら何でも大袈裟ですよ、八千代さん! そう思ったのだけれど、何故か頼綱はそれには何も指摘するつもりはないみたいで。 何となく私も言いそびれてしまう。 結局八千代さん公認の仲になってしまったことについてはそれ以上言及できなくて。<私は寛道のことを幼馴染み以上とも以下とも思ったことがなかったから。 だからその関係をダメにしてしまいそうな寛道の感情が本気で憎らしくて――。 それと同時に、どうして私、寛道を好きになれなかったんだろうって思った。「花々里《かがり》。お前は――」 寛道が、私の手を握る手に気持ち力を込めてきて。 私は運転に集中している〝ふり〟をしている頼綱《よりつな》にちらりと視線を投げかける。「ごめん、寛道。私、貴方の気持ちには……応えられない」 寛道の手を、握られていない方の手でそっと外しながら、一生懸命言葉を紡ぐ。「あのね、寛道。私、頼綱のことが……好きなの。多分……出会った瞬間から……ずっと」 それは、頼綱自身にですら面と向かって告げてはいない言葉。 私が寛道にそう告げた瞬間、今までポーカーフェイスを決め込んでいた頼綱が、一瞬ピクリと肩を震わせたのが分かった。 私はそれを見て、にわかに恥ずかしくなる。***「着いたよ」 車内が気まずい空気に包まれたちょうどその時、幸いと言うべきか、大学《もくてきち》に着いたことを頼綱《よりつな》が知らせてくれて。 私は弾かれたように窓外に視線を向けた。 そこは、往来の多い大学の正門前で。 あちこちから、門前に乗りつけられた如何にも高級車です、という頼綱のレクサスに好奇の視線が集まっている。「ひ、ろ、みち……」 それに気が付いてソワソワした私が、「降りよう?」って続けようとしたら、黙り込んでいた寛道《ひろみち》が、何も言わずにドアを開けて。 降りしな、頼綱に向かって「俺、1度フラれたぐらいじゃ、花々里《かがり》のこと、諦めたりしねぇから。アンタもそのつもりで」って吐き捨ててビックリする。 そんな寛道と頼綱を交互に見比べてオロオロしている私をミラー越しに確認した頼綱が、パワーウィンドウを少し開けて、「〝僕〟も花々里の手、死んでも離さないつもりだから。キミに付け入る隙はないと思うけどね」って聞いたことのないような低音で返すの。 寛道は頼綱の言葉に忌々しげな顔をして、ドアを少し乱暴にバタンと閉めた。 窓が開いていたからか、思いのほかドアが勢いよく閉まった気がして。 そのせいか、ドアが閉まる音に呼応したように、頭の奥の方が、ひときわ強くズキン!と痛んだ。 まさか頼綱と寛道が私を挟んでこんなことになるな
「その……昨日は悪かったな。お前の手、振り払ったりして」 いきなり本題に突入してくる辺りが寛道らしい。 だけどお願い、もう少しクッションをっ。 心の準備が出来ていなかった私は、そわそわしながら、「あ、あのっ、それ、お、お互い様……だから」と途切れ途切れに返した。 そう。そもそも最初に寛道の手を拒絶したのは私。 そのくせ寛道から同じようにされて、ショックのあまり居た堪れなくなって逃げ出しちゃうとか……。 ワガママにも程があるよね。 「あ、のね、寛道。昨日……何で怒ったのか……聞いても……いい?」 私の手を振り払った時、寛道は確かに怒りに震えていた。 私はそんな寛道を見たことがなかったの。 いつまでも――。 例えばお互いに彼氏や彼女が出来たとしても。 私たちはずっとずっと仲の良い幼馴染みのままでいられると思っていた。 あの拒絶は、それを根底から覆すものに思えたから。 だから私、すごく不安になってあの場を逃げ出したの。 寛道の怒りの理由を聞いてしまったら、今までの関係ではいられなくなる。 直感的にそう思ったのだけれど。 でも、それを明らかにしないままじゃ、私は頼綱と幸せになることは出来ない。 「あれは――。お前が俺のやったモン、人に……っていうかそこのオッサンに食わしたって言うから」 そこまで言ってバツが悪そうに頼綱を気にする寛道に、私はキョトンとする。 「それって……そんなに重大なことだった?」 恐る
あー、精神的にも物理的にも頭痛い……。 寝不足のせいだろうし、学校で居眠りしちゃうかも。 そんなことを思っていたら、「そう。それじゃあ仕方ない――」 ハンドルを握ったままの頼綱《よりつな》が、「あんまり気は進まないけど、俺が一肌脱ごう」と意味深につぶやいた。 それを聞くとは無しに聞いて。 握りしめたままのスマートフォンに視線を落としたまま、私はいつまでも逃げているわけにはいかないのに、って無意識に眉根を寄せる。 私が、意に添わない結婚をしなくていいように、母の前で一芝居うってくれた寛道《ひろみち》に、もうその必要はないのだと伝えなくちゃ。 そう言えば、あれにしたって寛道、もしかしたら本気で私を好きだと言ってくれていたのかも知れないのに。 もしもそうだとしたら余計に。 頼綱からのプロポーズを正式に受けたこと、彼にちゃんと話さないと。 そう思っているのに――。 いざ寛道から連絡があったら、どうしても尻込みしてしまう自分がいて嫌になる。 小町《こまち》ちゃんに同席してもらったら、寛道と向き合えるかな。 そんな消極的なことを思っていたら、車が不意にスピードを落として。 そのまま路肩に寄せられて停車したことに、「オヤ?」と思う。「頼綱?」 まだ家を出たばかりで、大学に着いていないというのは、いくら方向音痴な私にでも分かった。 忘れ物でもしたの?って問いかけようとしたら、パワーウインドウが開けられる音がして――。「やぁ花々里《かがり》の幼馴染みくん。今うちの子を大学まで送って行くところなんだけど、ついでだしキミも乗っていくかね?」 ここ数日私を待っていてくれた場所で、今朝も寛道は〝待ちぼうけ〟を決め込んでいた。 今日も一緒に行ってやるとか、待ってるからな?とか……そんな連絡、入ってなかったよね?
そんな思いで、「何で私に無断で八千代さんに話しちゃったんですかっ」と頼綱《よりつな》に詰め寄ったら、「まずいことなんて何ひとつないと思うけど?」とキョトンとされた。 まずいと言うより、私の気持ちの整理の問題なのに!と思うこちらの心情なんて知らぬげに、澄ました顔で頼綱が続ける。 「八千代さんは俺にとっては母親みたいな存在の人だからね。真っ先に伝えたいと思うのは至極当然だと思わないか?」 だからって昨夜の今朝で、私に何の断りもなく話しちゃうとか……。どう考えても反則だと思うの! 何だか知らないうちに、どんどん外堀を埋められていくようでちょっぴり怖い。 もちろん、私だって昨夜頼綱からの申し出を受け入れた気持ちに嘘はない。 だけど……全く不安がないかと言われたらそうじゃないから。 もう少しゆっくり進んでいきたかったのに。 頼綱は何をそんなに焦っているの? あれこれ抗議したかったのだけれど、八千代さんがとても嬉しそうににっこりなさって、 「私《わたくし》、花々里《かがり》さんのことを若奥様と正式にお呼び出来る日を、〝随分と長いこと〟楽しみにしていたのでございますよ?」 言うなりお弁当を手にしたままの手ごと、私の手をギュッと力強く握り締めていらした。 何だかここまで喜ばれていると知っては、さすがに何も言えないよぅ。 それにしても、「随分と長いこと」って。 私、まだ頼綱に出会ってそんなに日数経ってないのに、いくら何でも大袈裟ですよ、八千代さん! そう思ったのだけれど、何故か頼綱はそれには何も指摘するつもりはないみたいで。 何となく私も言いそびれてしまう。 結局八千代さん公認の仲になってしまったことについてはそれ以上言及できなくて。
「……おはよう、花々里《かがり》。昨夜はよく眠れたかな?」 問いかけてくる彼自身、寝不足なのがありありとうかがえる、どこか疲れた表情だったからだ。 「じ、実はあんまり。――でも……頼綱《よりつな》も、だよね?」 本当は心配すべきところのはずなのに、何だか自分だけが眠れなかったんじゃないんだと思ったら、ちょっぴり気持ちが高揚して、 「嬉しそうだね」 頼綱に見透かされてしまった。 「だ、だって……私だけ気にしてるみたいなの、悔しかったんだもんっ。頼綱も眠れなかったんなら、おそ……おあいこでしょう?」 〝おそろい〟と言おうとして、ひとり浮き足立っていると思われるのが恥ずかしくて〝おあいこ〟と言い直す。 なのに「そうだね、おそろいだね」って口の端に微笑を浮かべて幸せそうにサラリと言っちゃうの、ずるいよ。 「足はどんなかね?」 聞かれて、踵《かかと》に軽く視線を流された私は、靴下を履いた足をその場でとんとんと駆け足するみたいにステップを踏んで見せる。 「靴、まだ履いてみてないから分かんないけど……昨日みたいに薄手のソックスじゃないし、多分大丈夫!」 言ったら、「用心のためにこれ、重ね貼りしておこうか?」とテーピングを差し出された。 頼綱は本当に過保護だ。 昨夜貼ってもらった絆創膏だけでも大丈夫だと思うのに。 それでも、それだけ私のことを考えてくれているんだと思ったら、何だかほんわか心が温かくなって。 「――お願いします」 今までの私だったらきっと、照れ隠しに「いいっ!」って突っぱねちゃってたと思う。 でも、私、頼綱の気持ちに応えるって決めたから。 甘えたい時にはこんな風にスト
あんなに眠れないと思っていたのに、自室に戻って頼綱《よりつな》の毛布を抱きしめてゴロゴロしているうちに、いつの間にか眠ってしまったみたい。 毛布、返す前に洗ったほうがいいよね。 私のことだからヨダレとか垂らしてるかもしれないし。 ぼんやりとした頭でそんなことを考えて、再度毛布を抱きしめたら頼綱の香りがふんわり漂って、愛しさと恥ずかしさにひゃーひゃーなった。 毛布を持ったままコロコロと布団の上で回転した途端、ズキンと頭部が疼いて、「これ完璧に寝不足だ」と溜め息を落とす。 そうこうしていたら、控えめにドアをノックする音が聞こえてきて。 ついで「花々里《かがり》さん、八千代でございます」という気遣わしげな声音がかかる。 私はその声にハッとして飛び起きた。 うっ。頭痛い――。 「花々里さん、昨夜は余り眠れなかったのでございますか?」 扉を開けて顔を覗けるなり、八千代さんが心配そうに眉根を寄せてきて、寝起きで髪の毛ボサボサの私が、無意識に抱きしめたままだった頼綱《よりつな》の毛布を見て、ハッとしたように息を飲む。 「あの、もしや昨夜は坊っちゃまとあのまま……」 ――お休みになられたのですか? と続くようにも、 ――さらにその先を経験なさったのですか? と続くようにも思える微妙なニュアンスで言葉を止めていらした八千代さんに、私は慌ててフルフルと首を振った。 途端またしてもズキンと頭が痛んで、思わずこめかみに手を当てる。 「実は今朝は頼綱坊っちゃまもお寝坊をなさったんですよ?」 どうやら頼綱は、もう目を覚まして食卓で待っているらしい。 時計を見ると、間